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宮崎地方裁判所 昭和61年(ワ)129号 判決 1987年11月30日

原告

有限会社森商事

右代表者代表取締役

森芳信

右訴訟代理人弁護士

富永正一

被告

佐土原町

右代表者町長

戸敷繁樹

右訴訟代理人弁護士

小倉一之

被告

右代表者法務大臣

林田悠紀夫

右指定代理人

永松健幹

外四名

被告国補助参加人

森喬樹

右訴訟代理人弁護士

伴喬之輔

主文

原告の請求をいずれも棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告らは原告に対し、連帯して金四七三万三〇〇〇円及びこれに対する昭和六〇年九月一三日から支払ずみに至るまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告らの負担とする。

3  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

(被告佐土原町)

1 原告の請求を棄却する。

2 訴訟費用は原告の負担とする。

(被告国)

1 原告の請求を棄却する。

2 訴訟費用は原告の負担とする。

3 担保を条件とする仮執行免脱宣言

第二  当事者の主張

一  請求原因

1  原告は、訴外高鍋信用金庫(以下「訴外金庫」という。)の申立てに係る宮崎地方裁判所昭和五九年(ケ)第三四三号不動産競売事件(以下「本件競売事件」という。)において、最低売却価額一七六〇万円と定められた別紙物件目録(一)ないし(六)記載の各土地建物(以下「本件各土地建物」などという。なお、特に本件(六)の土地を「本件土地」という。)を、昭和六〇年九月一二日、代金三一〇〇万円で買い受けた。

2  また、本件土地について、訴外金庫は、訴外朝日建商株式会社を債務者として昭和五六年七月七日付け及び同年一二月一二日付けをもつて極度額各一〇〇〇万円の根抵当権の設定を受け、原告は、訴外杉本和を債務者として昭和五九年三月二四日付けをもつて極度額二〇〇〇万円の根抵当権の設定を受けていたが、原告は、本件競売事件開始後の昭和六〇年六月一八日、訴外金庫から同金庫の右各根抵当権により担保された債権等を右担保権も含め一六〇〇万円で譲り受けた。

3  ところが、本件土地の実際の面積は413.32平方メートルであるにもかかわらず、右各当時、土地登記簿の地積欄には613.32平方メートルと表示されていた。

4  被告佐土原町の責任

(一) 被告佐土原町は、本件土地につき、国土調査法に基づく地籍調査及びその成果の登記所への送付事務を実施した際、その測量結果では地積は413.32平方メートルであつたのに、担当職員において地籍簿を作成する際に誤つて613.32平方メートルと記載して送付してしまい、その結果、昭和四八年一〇月一日、右土地の登記簿に地積613.32平方メートル、国土調査による成果と記載された(その後、昭和六一年一月二七日に被告佐土原町の修正申出により右地積は修正された。)。

(二) 被告佐土原町は、右のように誤つた登記をなさしめ、又はこれを放置した過失があり、その結果、(1)右記載を信じて本件土地を買い受けた原告に後記損害を被らせ、(2)、(イ)また、それを信じた原告に、前記極度額二〇〇〇万円の根抵当権の設定を受けさせて真実の担保力に見合わない多額の貸し出しをなさしめ、(ロ)若しくは訴外金庫からの真実の担保力を下回わる前記担保権の譲受けにより同様の損害を被らせ(仮に右土地の地積が413.32平方メートルであることが判明しておれば、後記損害額相当分の貸し出しはしていないし、訴外金庫からの右譲受けに際し支払つた金員もその分減額していた。)、(ハ)あるいは、同様にそれを信じて右土地の担保力を評価し極度額を越える金員を融資した訴外金庫に対しても同様の損害を被らせたところ、原告は訴外金庫からの右担保権譲受と同時に同金庫の被告佐土原町に対する右損害賠償請求権をも取得したものであるから、国家賠償法第一条第一項に基づき、原告に対し右損害を賠償すべき責任がある。よつて原告は同被告に対し、右(1)、(2)の損害賠償を選択的に(但し、(2)の中にあつては、(イ)、(ロ)、(ハ)は順次予備的)請求する。

5  被告国の責任

(一) 本件競売事件において、執行裁判所である宮崎地方裁判所は、本件各土地建物の評価を被告国補助参加人(以下、単に「参加人」という。)に命じたところ、参加人は、本件土地の地積が登記簿上の表示と著しく差異があるのに、一般の取引上要求される程度の測量も行わずに、漫然と登記簿上の表示のとおり613.32平方メートルであるとしてその価格を評価し、執行裁判所も右の過誤を見過ごしその評価どおりに最低売却価額を決定してその後の手続を進行させた。

(二) 不動産競売事件における評価人は執行裁判所裁判官の補助者としての立場にあり、その過失については裁判官の過失と評価すべきものであるし、また、本件競売事件においては宮崎地方裁判所裁判官にも右のような過失があるのであるから、被告国は、国家賠償法第一条第一項に基づき、原告の右土地の買受けに伴う後記損害を賠償すべき責任がある。

6  原告の損害

原告は、本件競売事件において、本件土地の価格を一平方メートル当たり二万三六六五円で評価し、公簿上の面積を有するものとして買い受けたところ、右土地は一平方メートル当たり右金額程度の価値を十分に有しているが、その地積は公簿上の表示より二〇〇平方メートル少なかつたのであるから、右買受け代金のうち四七三万三〇〇〇円(二万三六六五円×二〇〇平方メートル)は、原告の被つた損害というべきである。

7  よつて、原告は被告らに対し、被告らの右損害賠償債務が不真正連帯の関係にあるから、連帯して四七三万三〇〇〇円及びこれに対する前記買受けの日の翌日である昭和六〇年九月一三日から支払ずみに至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否及び被告らの主張

(被告佐土原町)

1 請求原因1項の事実は認める。

2 請求原因2項のうち、原告がその主張に係る債権等を譲り受けたことは知らないが、その余の事実は認める。

3 請求原因3項の事実は認める。

4 請求原因4項の(一)の事実は認める。同項の(二)は争う。

国土調査の成果である地籍簿及び地図は、行政官庁の内部における資料にとどまり、それらの記載によつて国民の権利が侵害されるという性質を有するものではない。

5 請求原因6項及び7項は争う。

なお、被告佐土原町は、昭和四五年一二月四日から昭和四六年三月三一日までの間に国土調査として本件土地付近の実地調査を行い、その調査に基づき同年八月から昭和四七年七月までの間に地籍簿を作成し、その後同年九月一日から同月二〇日まで閲覧期間を設けて関係者に閲覧させた。本件土地の当時の所有者であつた訴外杉本盛義は、同月七日に当該地籍簿を閲覧したが、同人から異議の申出もなく、昭和四八年一〇月一日、右土地について前記のとおり国土調査の成果による登記がなされたものである。本件競売事件は、その登記から一〇年以上も経過した後の昭和五九年九月二七日に申し立てられたものであるところ、土地の形状や範囲は長い年月を経過すれば変化することがあり、取引などを行う場合は直前の状態を把握するべきであつて、そのことは競売の場合でも同様である。したがつて、被告佐土原町の行為と原告主張の損害との間には相当因果関係はないものというべきである。

(被告国)

1 請求原因1項及び2項の事実は認める。

2 請求原因3項のうち、本件土地の登記簿の地積欄には613.32平方メートルと表示されていたことは認めるが、その余の事実は知らない。

3 請求原因5項の(一)の事実は認める。同項の(二)は争う。

なお、不動産競売事件において、執行裁判所が評価人を選任して競売不動産の評価を命じ、その評価人の評価に基づいて最低売却価額を定めなければならないとされているのは(民事執行法第一八八条、第五八条、第六〇条)、執行裁判所においては不動産を適正に評価するだけの専門的知識を有するものが通常いないため、これを有する不動産鑑定士等を評価人に選任して、競売不動産の適正な評価を得ようとする趣旨である。評価人の行う鑑定評価は、専らその専門的な知識経験を用いて行うものであつて、その過程には執行裁判所の指導、監督などの入り込む余地のないものである。したがつて、評価人は、裁判所とは独立して専門家として意見を述べるものであつて、裁判所の補助機関ではなく、裁判所に属して評価を行うものでもないので、評価人の過失につき、これを裁判官に責あるものということはできない。

また、執行裁判所は、右のとおり評価人の評価に基づいて最低売却価額を決定すべきものとされているから、評価人のなした評価において、適正な評価がなされ、買受人の引き受ける担保権や用益権が適正に考慮されておれば、計算の誤り等評価書の記載自体から明白に看取しうる誤りが存し、執行裁判所が自らこれを是正しうるような特別の事情がない限り、当該評価額をもつて最低売却価額と決定すべきであり、その場合には執行裁判所の右処分には違法はないというべきである。本件競売事件においては、本件土地の公簿上の地積と実測面積が異なることを認めるに足りる資料はなかつたものであり、宮崎地方裁判所裁判官が参加人の評価に基づいて最低売却価額を決定したことに何ら違法はない。

更に、一般に、競売の対象となる不動産の評価に瑕疵があり、この瑕疵ある評価に基づいて最低売却価額が定められた場合、最高価買受申出人あるいは買受人は、その最低売却価額の決定に対して民事執行法第一一条第一項による執行異議を申し立てることができ、また、右最低売却価額に従つてなされた競売についての売却許可決定に対して同法第七四条による執行抗告の申立て、若しくは売却許可決定が確定した後でも民事訴訟法第四二〇条第一項所定の事由が存するときは同法第四二九条による再審抗告の申立てができる場合があるのである。このように、執行裁判所の違法な処分に対しては、執行法上の救済手続によつて是正することが法律上予定されているのであるから、執行裁判所が自らその処分を是正すべき場合等特別の事情がある場合を除き、右執行法上の手続による救済を求めることを怠つたために損害が発生したとしても、その損害を国に対して請求することはできないと解するべきである。ところで、原告は、本件競売事件において、右のような執行法上の救済手続を取らず、かつ、右特別の事情も存しないのであるから、被告国に対する本件請求は理由がない。

4 請求原因6項及び7項は争う。

本件競売事件において、宮崎地方裁判所は、昭和六〇年六月二八日、原告に対し三一〇〇万円で本件各土地建物を売却することを許可する旨の売却許可決定をし、同年九月一二日右売却代金につき、手続費用に六七万五三一八円、第一順位の債権者であつた訴外住宅金融公庫に二一四万四七一七円を配当したほか、残り金額を三七〇〇万円余りの債権を有し第二順位の債権者であつた原告に配当した。仮に原告が主張するように、本件土地の地積が公簿上の表示より二〇〇平方メートル少なく、また、原告において本件各土地建物を三一〇〇万円から四七三万三〇〇〇円減額した二六二六万七〇〇〇円で買い受けたものとしても、手続費用と先順位の債権者に対する配当額は同一であるから、結局原告に対する配当額が四七三万三〇〇〇円少なくなるだけであり、しかも、原告は右買受けに際し民事執行法第七八条第四項による差引納付の申出をしていたから、原告が出捐を要する金額には変わりはなく、現実に損害を被つたということはできない。また、原告も認めるとおり、前記抵当債務の債務者らはいずれも無資力であるから、右配当額を控除した残債権が四七三万三〇〇〇円分増減しても、これを回収することは到底不可能であるから、損害が発生する可能性はない。

三  参加人の主張

1  本件競売事件において、参加人は、本件土地を評価するに当たり、その地積につき、登記簿上国土調査による成果として613.32平方メートルと記載されており、国土調査は一般に正確に行われていて信頼し得るものであること、しかも、昭和六〇年一月二六日に現地を見分した際、本件土地に隣接する本件(五)の土地を巻尺を使用して概測したところ、その地積は約五七七平方メートルで国土調査による成果として登記されていた公簿上の表示と近似していたので、同じく国土調査の行われていた本件土地についてもその結果である公簿上の表示に誤りがないものと判断したこと、右土地の周辺には国土調査の行われる前からブロック塀が設置されていて境界は明確であり、その状況はその当時まで何ら変化がなかつたことから、右土地の測量をせずにその地積を公簿上の表示に依拠したのであつて、参加人の右行為に過失はない。

2  参加人は、本件競売事件において、本件土地をその地積が613.32平方メートルであるとして四八九万二〇〇〇円と評価したのであるが、原告は、参加人の評価をはるかに上回る一平方メートル当たり二万三六六五円の価額をもつて右土地を評価したものであり、参加人の評価とは全く異なる独自の評価に基づいて右土地を買い受けたというべきであるから、参加人の行為と原告の主張する損害との間には何ら因果関係はない。

3  原告は、本件土地につき、前記のとおり訴外金庫の担保権を譲り受けたことにより、最優先の担保権者となつた。したがつて、本件競売事件において、原告がその優先債権額の範囲であれば、いかなる金額をもつて本件土地を買い受けようとも、その代金はすべて原告に配当されることになるし、前記抵当債務の債務者らはいずれも無資力であるから、原告の債権は右配当によつて回収する以外に方途はないものであり、原告に損害が発生する可能性はない。

四  参加人の主張に対する認否及び原告の反論

1  参加人の主張は全て争う。

2  参加人は、不動産鑑定士という資格をもつた専門家であるから、土地を評価するについては正確な鑑定価額を出すため面積を巻尺等で概測する程度のことは要求されているものというべきであり、これは国土調査の行われた土地といえども径庭はない。したがつて、参加人は、本件土地の評価につき、その職務を尽くしたとはいえず、過失があつたことは明らかである。

3  一般に、不動産の競売事件における評価人の評価は、時価より低額に見積もつたものであり、買受けを希望する者は、その評価書を見て物件の状況を知り、評価額(最低売却価額)を参考にして入札価額を決めるのである。本件競売事件における原告の買受け価額は三一〇〇万円であつたが、これは、参加人のなした評価からして予測される範囲内での金額である。

4  原告の前記債権につき、本件競売事件における配当により、配当になつた分だけ債権が消滅してしまつたことは明らかである。原告が仮に本件土地を四七三万三〇〇〇円少ない金額をもつて買い受けておれば、原告に対する配当額もその分少なくなつていたものであるから、右債権の債務者らが現在いずれも無資力であるとしても、回収が全く不可能かは未知数であるし、残債権を損金として計上して節税に努めることも考えられたものである。

第三  証拠<省略>

理由

一請求原因1項の事実は当事者間に争いがない。同2項の事実は原告と被告国の間において争いがなく、右事実のうち、原告がその主張に係る債権等を譲り受けたことを除くその余の事実は原告と被告佐土原町の間において争いがなく、原告が昭和六〇年六月一八日に訴外金庫から同金庫の前記各根抵当権により担保された債権等を右担保権も含め一六〇〇万円で譲り受けたことは、<証拠>によつて、これを認めることができる。同3項の事実は原告と被告佐土原町の間において争いがなく、右事実のうち本件土地の登記簿の地積欄には613.32平方メートルと表示されていたことは原告と被告国の間において争いがなく、その余の事実は、<証拠>によつて、これを認めることができる。

二被告佐土原町の責任について

請求原因4項の(一)の事実は原告と被告佐土原町の間において争いがない。右認定事実に、<証拠>を考え合わせると、次の事実を認めることができる。

1  被告佐土原町は、昭和四六年ころ、本件土地につき、国土調査事業として地籍調査を実施したが、その実地調査による測量結果では実測面積が413.32平方メートルであつたのに、担当職員において地籍簿を作成する際に誤つて613.32平方メートルと記載してしまつた。右土地の当時の所有者であつた訴外杉本盛義は、昭和四七年九月七日に当該地籍簿を閲覧したが、これに異議の申出をしなかつたこともあつて、誤記されたままの地籍簿が宮崎地方法務局佐土原出張所に送付され、同出張所は昭和四八年一〇月一日国土調査による成果を原因として右土地の登記簿の地積を613.32平方メートルと変更する登記をした。

2  本件土地について、訴外金庫は、訴外朝日建商株式会社を債務者として昭和五六年七月七日付け及び同年一二月一五日付けをもつて極度額各一〇〇〇万円の根抵当権の設定を受け、原告は、訴外杉本和を債務者として昭和五九年三月二六日付けをもつて極度額二〇〇〇万円の根抵当権の設定を受けたが、いずれも右土地の地積が公簿上の表示どおりであると信じてその担保価値を評価し、債務者に対し金員の貸し出しをしたものである。なお、原告は、昭和六〇年六月一八日、訴外金庫から同金庫の右各根抵当権付き債権等を一六〇〇万円で譲り受けた。

3  訴外金庫は、昭和五九年九月二七日、宮崎地方裁判所に対し、本件各土地建物について担保権実行としての競売を申し立て、同裁判所は同年一〇月八日競売開始決定をし、昭和六〇年四月右各土地建物を一括して最低売却価額一七六〇万円と定めて売却に付した。原告は、本件土地の地積が公簿上の表示どおりであると信じ、それを基礎に地価を評価したうえ、本件土地を含む右各土地建物を三一〇〇万円で買い受ける旨の申出をし、昭和六〇年六月二八日、その旨の売却許可決定がなされた後の同年九月一二日代金を納付し、その所有権を取得した。

4  右買受け後の昭和六〇年一〇月ころ、本件土地の実際の面積が413.32平方メートルであり、公簿上の表示は誤つていることが原告に判明し、被告佐土原町においても登記所に修正申出をした結果、昭和六一年一月二七日その旨の錯誤を原因とする地積更正の登記がなされた。

以上の事実からすれば、被告佐土原町の担当職員の過誤によつて、本件土地について結果的に実際の面積より二〇〇平方メートルも多い地積の表示が登記簿になされ、原告及び訴外金庫は右公簿上の表示を信じ、その担保価値を評価したうえ右土地上に根抵当権の設定を受け、また、原告において右土地を買い受けたものであるが、登記簿における地積の記載は土地の物理的な現況を公示し、不動産の同一性を識別する機能を有するものであるが、不動産登記制度における沿革的、組織的制約等により右記載が現実の地積と必ずしも一致しないことは公知の事実であり、他方、不動産の物理的な現況については、これを取引しようとする当事者において、当該時点におけるそれを容易かつ最も正確に把握することができるのであるから、一般に土地を買い受け、あるいは土地上に担保権の設定を受けるときは、適切な買受け価額若しくは担保価値を把握するために関係当事者間において当該土地を実測するのが通常であつて、たとえ公簿上の地積表示が国土調査の成果によるものであつたとしても本質的な差異はなく、原告らにおいて本件土地を概測さえしておれば、直ちに実際の面積と公簿上の地積表示が相違することが判明していたのである。したがつて、原告主張に係る損害は原告らが自ら当然なすべき右土地の地積測量を怠つた結果によるものというべきであるから、被告佐土原町に右のような過誤があつたとしても、それと原告主張に係る損害との間には相当因果関係はないものといわねばならず、その余の点について判断するまでもなく、原告の被告佐土原町に対する請求は理由がない。

三被告国の責任について

請求原因5項の(一)の事実は、原告と被告国の間において争いがない。原告は、本件競売事件において、評価人として選任された参加人が本件土地の実際の面積を確認するのを怠り、執行裁判所においてもこれを見過ごして参加人の評価どおりに右土地の最低売却価額を決定し、競売手続を進行させたことにより、原告において公簿上の表示より二〇〇平方メートル面積の少ない右土地を買い受ける結果となつたので、これら参加人ないし執行裁判所裁判官の職務上の過失に基づき、原告が右買受けによつて被つた損害を被告国は賠償するべきである旨主張する。

一般に、民事執行手続における執行裁判所の処分は、債権者の主張、登記簿の記載その他記録にあらわれた権利関係の外形に依拠して行われるものであり、その結果として権利関係や事実関係について実体との不適合が生じることがありうるが、これについては、執行手続の性質上、民事執行法に定める救済手続により是正するべきものとされているのである。したがつて、執行法上に救済手続が予定されているときは、特段の事情がない限り、権利者が右手続による救済を求めることを怠つたため損害が発生したとしても、その賠償を国に対して請求することはできないものと解するのが相当である。本件の場合、原告の主張するように、参加人が本件土地の実際の面積を確認するのを怠り、執行裁判所が参加人の評価をそのまま採用して最低売却価額を決定したとしても、前記のとおり原告が自ら右土地を測量していれば実際の面積と公簿上の地積表示が相違していることが容易に判明したのであるから、原告としては、疎明資料(測量図面等)を添付したうえで、執行裁判所に対して民事執行法第一一条第一項による執行異議を申し立てて右処分の是正を求め、また、右最低売却価額に従つて競売が実施されたときは、同法第七一条六号、第七〇条による売却許可に対する意見(異議)を陳述し、更に、同法第七四条による売却許可決定に対する執行抗告の申立てをすることができたのである。ところが、原告代表者本人尋問の結果によれば、原告は本件競売事件において右のような民事執行法上の手続による救済を求めなかつたことが認められるから、原告主張に係る損害は原告において自ら右救済を求めることを怠つた結果によるものといわねばならず、原告は、右損害について、国家賠償法の規定による賠償を請求することはできない。

なお付言すれば、不動産の競売事件において、執行裁判所が評価人を選任して競売不動産の評価をさせ、その評価人の評価に基づいて最低売却価額を定めて不動産を売却に付さねばならないとされているのは(民事執行法第五八条、第六〇条、第一八八条)、不動産の適正価額による売却を実現するためには、競売不動産の評価が適正になされることが不可欠の前提となるところから、不動産評価の専門的知識、経験を有する不動産鑑定士等を評価人に選任してその評価をさせ、これによつて競売不動産の適正価額を得ようという趣旨である。ところで、評価人は、執行裁判所によつて選任され、不動産の鑑定評価を行うものではあるが、その評価行為は、専ら不動産鑑定に関する専門的な知識経験を用いる行為であつて、執行裁判所の指揮監督などの及ぶ性質のものではなく、一般の鑑定評価行為と何ら選ぶところはないというべきであるから、評価人をもつて執行裁判所の補助的機関というを得ず、評価人の行為を執行裁判所の行為と評価することはできないというべきである。

また、執行手続は、書面処理を原則とし、能率と迅速が要請されるところから、執行裁判所においては、執行事件の一件記録にあらわれた各種資料を比較検討し、競売対象物件の形状、面積などの事実や権利関係について、実際とは異なるとの徴憑でも認められない限り、これらを積極的に調査確認するまでの義務はなく、記録上認められる事実や権利関係の外形に依拠して手続を進行させれば足るものである。そして、とりわけ不動産評価については、前記の趣旨により、不動産を適正に評価する専門的知識、経験を有する不動産鑑定士等に評価を依頼し、その評価に基づき最低競売価額が決定されるべきものとされているのであつて、執行裁判所としては、評価人の評価書の記載自体から明らかに看取し得る誤算や明らかに評価に影響する事実を無視し、あるいは一件記録上認められる担保権や用益権への無配慮など明らかに不合理な評価でない限り、右評価に依拠して最低売却価額を決定すれば足り、たとえ評価の基礎資料に事実と相違する点があつたとしても、それが評価書自体あるいは一件記録から窺知することができないものである限り、執行裁判所が右事実を見過ごし、評価人の評価を不当に採用したとして右処分が違法となるわけではないというべきである。そこで、<証拠>によると、本件競売事件の評価書はもとより一件記録上も、本件土地の実際の面積と公簿上の地積表示が異なつていたことを推認すべき資料は何ら存しなかつたことが認められるから、執行裁判所が公簿上の面積によつて本件土地を評価した参加人の評価に基づいて最低売却価額を決定し、手続を進行させたとしても、何ら違法な点はないというべきである。

以上のとおり、その余の点について判断するまでもなく、原告の被告国に対する請求は理由がない。

四よつて、原告の本訴請求はいずれも失当であるから、これを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官川畑耕平 裁判官寺尾洋 裁判官内藤正之)

別紙物件目録

(一) 宮崎県宮崎郡佐土原町大字下那珂字和田山三六〇四番地一

家屋番号 三六〇四番一

木造セメント瓦葺平家建居宅

床面積 81.22平方メートル

(二) 右同所同番地一

家屋番号 三六〇四番一の二

軽量鉄骨造亜鉛メッキ鋼板葺平家建事務所

床面積 38.71平方メートル

(三) 右同所三六〇七番地

家屋番号 三六〇七番の一

木造セメント瓦葺平家建居宅

床面積 84.07平方メートル

(四) 右同所同番地

家屋番号 三六〇七番の二

木造セメント瓦葺平家建居宅

床面積 42.31平方メートル

(五) 右同所三六〇四番一

宅地 579.96平方メートル

(六) 右同所三六〇七番

宅地 613.32平方メートル

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